LEADERS BLOG
テレビや映画は視覚と聴覚が同時に刺激されていて更に他の感覚とかけあわせる事例はあまりありません。
食事のシーンで匂いを流したり、地震などのシーンで椅子が振動するなど他の感覚を合わせることも実験的にはあるようですが一般的ではないですね。
音楽を聴きながら、文学を読むと単独とは少し異なるように感じることがあります。
文学から感じることを増幅してくれることもその逆もあります。
それが自分の好みで選んだ組み合わせであれば豊かな時間だと感じることがあります。
雑然とした自宅の居間も何か落ち着いた時間を与えてくれる空間のように感じられます。
絵画をじっくり観ながら、合いそうな音楽を聴くなどもありですね。
文学と音楽の各々の組み合わせは人それぞれの好みであり、いろいろ組み合わせることができます。
これ、音楽が流れる喫茶店で好きな本を読むってこと?ではなく音楽も自分が選ぶところが要です。
そこにはちょっとした創造性、偶然性、発見があり、その人独自の世界がつくれることもあります。
うまくいけば他者に作られた組み合わせより豊かな時間を味わうことができます。
他にも複数の感覚の組み合わせで新たな愉しみ方ができるものがあるかもしれませんね。
かけざんすることで新たな価値を持つ商品・サービスも考えられるかもしれないなんて考えたりもします。
国や文明には通常権力者が存在しているが5000年前のインダス文明には権力者が存在した証である王宮や王墓、巨大な建造物、更に武器も今まで見つかっていないという。
※ちなみに私の権力の大まかな理解はWikipediaの一部にある
「ある者が他者をその意に反してでも行動させうる、特別な「力」を保有している」
に近い。
強大な権力を持つ王が存在せず、交易のために人が集まって都市をつくったと推測されている。
インダス文明は約700年継続して戦争で滅びた痕跡はなく、環境変化などによりそのエリアから他のエリアに人々が拡散したと想像されている。
権力者なしに長期に渡って国、都市が存続していたことに驚く。
理由として
権力が集中しない体制。
危険な国とは接触しない。
私有財産の概念が無い。
が考えられている。
今の世界を眺めると多くの権力者が皆が共存できる世界を目指しているようには思えない。
権力者のいない文明には人間が幸せに暮らせる持続可能な未来へのヒントが隠されているかもしれない。
最近、高校時代の同級生、20代の遊び仲間、前職の仕事仲間などとの飲み会の機会が何度かありました。
声をかけてもらった時は久しぶりすぎて何を話せばいいのか、話が合うのかなど迷いの気持ちがありました。
独身の人もいれば孫がいる人も、離婚している人もいました。
だいたい6〜10人程度の人数で簡単に近況を話したり、昔話を懐かしく語り合ったりするうちにその距離感はゆったりと縮まっていく時間が心地よかったです。
参加して良かったと思いました。
何十年も前の共有した時間が蘇るからか。
時間の経過が心に何かをおよぼすのか。
みなさん力みが抜けて穏やかになっているように感じられました。
その後まわりの人に今までより少しやさしい眼差しを向けられる気がしました。
そんな気持ちにさせてくれた段取りしてくれた方に感謝です。
みなさんにもおいおいそんな時が来ると思いますよ。
以前話したように元は動物は苦手でしたが、家内が野良の保護猫を引き受けたり、譲渡の手伝いをしています。
なので今は2ヶ月ほどの子猫2匹が家中を飛び回り、様々なものに関心を持ち、ブラインドやプランターを壊したりして困っています。あと大人しい看取り前の老猫もいます。
人も動物も幼い頃はいたずら好き、何にでも興味を持つのは同じなんですね。
人の子は思うようにならないと周りのことも考えずにすねたり、泣きまくります。
猫もお腹が空くとやはり鳴いてせびりますが、どうにもならないとわかると意外とあっさり諦めて寝てしまいます。
そして体調が悪かったり、病気で苦しい時でも無駄に鳴くこともなく、ただ横になっています。
亡くなる時も静かに受け入れて眠るように死をむかえることが多いようです。
その日でも、どうにか歩ければ自分でトイレに行きます。
無理に抗らうことなく自分の命を自分の力で最期まで生ききる姿が美しいなあと思います。
小松に20年近く通っている床屋があります。
川の近くの古い床屋で内装は開業した頃とほとんど変わらず、昔の髪型のポスターが貼ってあり、髪型の変遷を見ることができるレトロなお店です。
エアコンも3台目で、古いものもそのまま取り外さず残しているので、エアコンの歴史もわかります。
娘さんは50才ほどで東京で結婚されて仕事をしているようです。
私は毛が少なく、短いのでとても安く刈ってもらっています(おばあちゃんからすぐ終わるからこの値段でいいと言われました)
この前刈ってもらいながら雑談をした時に10年前にご主人が亡くなったことを知りました。
30才で脳梗塞になり、一応働いてはいたようですが不自由な生活を送っていたとのこと。
だからおばあちゃんが床屋で生業を立てていたようです。
今から思い返しても亡くなった様子は特に察知できず、てっきりご主人は奥の住まいにいるものとばかり思っていました。
お世話になっていたのに全く気づくことがなく、お悔やみの言葉をかけることもできなかったので、申し訳なく切ない気持ちになりました。
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